映画『ラストキング・オブ・スコットランド』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したフォレスト・ウィッテカーがプロデュースをしている本作。カシームを題材に製作しようとした経緯は? 「少年兵を扱った映画を作ろうと思っていたんだけど、それには力強くダイナミックなキャラクターが必要だと思った。そんなとき、新聞でカシームについての記事を見つけた。そこには、これまでの彼の歩みが書いてあってね。それがすべての始まりだった」と語る。
カシームは当時19歳。アフリカのウガンダに生まれた。ウガンダでは79年に独裁者アミン大統領が失脚してからずっと内戦が続いていた。カシームが5歳の時、小学校の授業中に反政府ゲリラのNRA(国民抵抗軍)がやってきて、カシームたちを拉致した。
「お前たちはNRAの兵隊になるのだ。もう二度と親には会えないと思え!」
カシームのような少年兵は30万人と言われている。子どもたちは自分の身長と同じくらいのAK47ライフルを渡され、兵士になる通過儀礼として捕虜を殺すように命じられた。拒否すれば殺された。カシームは、弾薬をなくした友人を処刑させられた。
1986年、NRAが首都を制圧し、政権を奪取した。カシームはやっと両親に会うことができたが、兵士を辞めることはできなかった。反政府組織LRA(神の抵抗軍)との戦争が始まったからだ。
戦場に行かないですむ方法があった。群のスポーツ選手になることだ。カシームはボクシングを選び、たちまちウガンダ代表に選抜された。アメリカに遠征した時、彼は脱走した。ワシントンには生まれて初めて見る雪が降っていた。カシームの持ち金はすぐに尽き、ホームレスになった。行くべき場所はひとつしかない。ボクシングジムだ。
「お前たちはNRAの兵隊になるのだ。もう二度と親には会えないと思え!」
カシームのような少年兵は30万人と言われている。子どもたちは自分の身長と同じくらいのAK47ライフルを渡され、兵士になる通過儀礼として捕虜を殺すように命じられた。拒否すれば殺された。カシームは、弾薬をなくした友人を処刑させられた。
1986年、NRAが首都を制圧し、政権を奪取した。カシームはやっと両親に会うことができたが、兵士を辞めることはできなかった。反政府組織LRA(神の抵抗軍)との戦争が始まったからだ。
戦場に行かないですむ方法があった。群のスポーツ選手になることだ。カシームはボクシングを選び、たちまちウガンダ代表に選抜された。アメリカに遠征した時、彼は脱走した。ワシントンには生まれて初めて見る雪が降っていた。カシームの持ち金はすぐに尽き、ホームレスになった。行くべき場所はひとつしかない。ボクシングジムだ。
ウガンダの小さな村に生まれ、兄弟たちと共に両親の愛情を注がれ成長した少年は、白黒写真の中で無気力な目をして銃を向けていた。
アメリカ留学中、歴史の授業の中で私はその写真と出会った。少年は十歳の時、ゲリラに村を襲われ、誘拐され傭兵となるべく訓練された。彼等によって少年の両親は殺され、兄弟たちも行方不明だという。少年の写真についての説明は口頭でされ、時間にしてみればわずか五分程度であった。しかし、その五分間は私の脳裏に焼き付き、離れられなくなっていた。